東京高等裁判所 昭和31年(ネ)429号 判決
控訴人と被控訴人との間には前認定のとおり相当長く妾関係が継続存在していて、被控訴人は本件(ニ)の家屋に居住し、美容院を営んでいたのであつたが、昭和二八年暮頃被控訴人の妹とくが池田茂雄と婚姻することになつたことから両者の間に紛争を生じ、殊に昭和二九年一月二五日池田茂雄がかねて控訴人方に出入を禁止されていたのに何ら諒解を得ることなくたずねて来たので、控訴人はこれを怒り、被控訴人を自宅に呼び付け、「養子の態度が悪い、出入させてはならないものをなぜよこした。そんなことをすれば家の瓦をめくるぞ。」としかりつけ、同夜被控訴人方に行き、被控訴人に対し、「家屋はお前の物でない、暇をやる、勝手にしろ。」「ここにあるものは全部おれのものだ。」などと申し向け、さらに翌二六日午前六時頃被控訴人方に行き、「このうちにあるものは全部おれのものだ、あとで取りに人を寄こす。」といつて掛軸二、三本を持ち去り、同日、羽山義一ほか一名が控訴人の命令で被控訴人方から階下一室の畳を残して二階の畳全部その他机、たんす等を控訴人方に持ち運んだので、被控訴人は畏怖し、翌二七日営業用の道具、衣類等を持つて一家をあげて一時茂雄の兄池田希策方に身を寄せたが、この上は控訴人との間の妾関係を解消するのほかなく、それがためには控訴人の提言を容れ、自己所有の本件(イ)(ロ)の土地持分及び(ハ)の土地につき控訴人に対し所有権移転登記をなすも止むを得ないと考え、ついに同月二九日前記契約を締結した事実が認められるのであつて、右は全く控訴人の強迫に因るものと認めるのが相当である。控訴人は、右は被控訴人の解消の申入を容れただけであつて、控訴人において強迫の意思なく、また強迫の事実もなかつた、と主張するけれども、前認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人の前記乱暴な仕打にいたくおそれ、契約当日もそのおそれが継続していたものと認めるを相当とすべく、また被控訴人の求めるところは控訴人との間の妾関係の解消にあつたことは事実であるが、もし控訴人が無条件解消を承認するならば何を好んで本来自己の所有に属する本件(イ)(ロ)の土地持分及び(ハ)の土地(これらが右契約当時被控訴人の所有であつたことは第一次の請求の判断において説示したとおりである。)を控訴人に贈与することをなすの要ある筈なく、右は全く控訴人においてこれらはいずれも自己の所有なりと主張し、強くこれが取戻を要求していたので止むを得ずこれに従つたものとなすのほかなく、さればこそ控訴人も右契約書であることにつき当事者間に争なき甲第二号証の第一項に所有権移転登記を求める理由として、特に(理由事実上芝田宇助の所有物なる故)と書き添えたのであり、(右事実は当審証人松浦金作の証言により明らかである。)または被控訴人との妾関係の無条件解消を肯んじなかつたのであるから、右解消に関連し、これに附随して被控訴人をして前記のような意思表示をなさしめるにつき、控訴人に強迫の意思、すなわち相手方を畏怖におとしいらしめんとする故意並びに右畏怖によつて自己の欲する意思表示をなさしめんとする故意があつたものと認めるを相当とすべく、また契約当日威迫行為がなかつたとしても、前後の事情よりして、被控訴人がその直前の控訴人の威迫行為によりなお畏怖していることが明らかであるので、控訴人においても右状態を認識し、その畏怖を利用して本件契約をなしたのであり、従つて強迫の事実なしということはできないのである。
(大江 渡辺好 古原)